レポートの内容

・問題

   学習は私たちの行動にさまざまな形で影響を及ぼす。一般に先行する学習Aが後続する学習Bに何らかの影響を及ぼす事を学習の転移という。ここでは、転移の一例として両側性転移の現象をとりあげる。両側性転移とは、身体の一方側の効果器を用いた練習(試行)が、他の側にある効果器による遂行に影響を耐える現象をいう。


・目的

鏡映描写実験を一方の手Aで行った後、他方の手Bに鉛筆を持ち替え、描写を行った場合、手Aの効果が手Bによる遂行に影響するか、両側性転移があるかどうかについて、3仮説が考えられる。
 
 仮説A 鏡映描写学習では逆映像の一般原理を学習する事で十分なのだから、一方の手から他方の手への転移は完全になるはずである。
 
仮説B 鏡映描写学習では逆映像の一般原理を学習するのみではなく、一方の手の筋肉群に特有の技能も学習しなければならない。したがって、一方の手から他方の手への転移は完全とはならない。

仮説C 鏡映描写では、いずれか一方の手の特有な技能だけを学習する。したがって、左右の手の間には転移は見られない。

  ここで鏡映描写の課題から、試行に伴う運動技能の上達過程を検討して、
両側性転移の現象が認められるか、そして上記の3仮説のうち、実験結果
からどの仮説を支持するかグラフ等を用いて検討すること。


・実験方法

被験者:大学生 男6人 女4人
  
実験装置・道具:鏡映描写装置・ストップウォッチ・星型図形用紙・ボール
ペン

実験手続き: まず、3つのグループに分ける。分け方は、第2試行後、第2試行目の所要時間を比べてみて、長かった人と短かった人との偏りがないようにする。3グループに分かれたら、第1群の人は第1・第2試行と同じく、利き手で第3〜12試行まで行う。第2群の人は非利き手で第3〜12試行まで行う。
      第3群の人は、第1群・第2群が第3〜12試行にかかった時間とほぼ同じ時間を休息させる。なお、休息中は課題に含まれている動作の反復を一切しないこと。第13〜15試行は全ての群は利き手で行う。
  
教示: 今から実験について説明します。これから2本線で描かれた星型の図形をたどって、一周してもらいます。私の指示に従い、目を閉じてください。私が開始位置まで腕を動かしますので、私が合図をしたら鏡を見ながら2本線の間をできるだけ早く、コースから外れないようにしてたどってください。もし、コースから外れた場合は、そのまま進まずにコース内に戻って再びたどってください。たどる際に鉛筆の先を紙面からは決して離さないでください。星の頂点を出発点とし、反時計回りで回ってください。一周して星の頂点にたどり着いたら、私にすぐさま報告して再び目を閉じてください。それでは始めます。


・結果&考察

   今回の鏡映描写実験で問題になっている仮説A・B・Cのどれを支持するか検証してみた。
   まず、仮説Cの『鏡映描写では、いずれか一方の手の特有な技能だけを学習する。したがって、左右の手の間には転移は見られない』
  左右の手の間には転移見られないということは、第2群と第3群の第13〜15試行を見ればよい。なぜなら、第2群では第3〜12試行までの全10試行は非利き手で行い、第13〜15試行で利き手に持ち替え行っている。
  一方、第3群は第3〜12試行までは休憩で、休憩中にも鏡映描写の動作の反復は禁止しているので仮説Cが正しいのであれば、両者ともにデータ値がほぼ同じでなければならない。グラフを見て比較すると、両者に差があり、第3群は第2群よりもデータの値が大きかったため、左右の手の間には転移が見られたということなので仮説Cは崩れる。
   次に仮説Aの『鏡映描写学習では逆映像の一般原理を学習する事で十分なのだから、一方の手から他方の手への転移は完全になるはずである』
  これは、第1群と第2群の第13〜15試行を見ればよい。なぜなら、前述で、左右の手の間に転移はみられたので、転移は完全であるか否かを検証する。全10試行を非利き手で行い、残りの3試行は利き手で行った第2群と、全13試行利き手で行った第1群とでは、第1群の値が絶対的に小さいと思う。しかし、転移が完全だとすると、第2群と第1群のデータ値にほぼ差がないはずである。つまり、第2群のデータ値が第1群のデータ値とほぼ同じ、または小さければ転移が完全に起こるといえる。グラフを見ると、若干ではあるが、第1群のデータ値が小さいので、左右の手の間に完全な転移は発生しないということになる。
 これによって、仮説Bの『鏡映描写学習では逆映像の一般原理を学習する
のみではなく、一方の手の筋肉群に特有の技能も学習しなければならない。したがって、一方の手から他方の手への転移は完全とはならない』を支持する。